痴呆

  感覚器官(視覚器・聴覚器・触覚器・味覚器・嗅覚器)が、
 外からの刺激を受けただけでは、ただそれだけの事です。
 感覚器は刺激を受けたと同時に、それと表裏の働きとしての、能動的集束反応を起し、
 自らそれを捉え、次に脳と協調して刺激の起点を求め、突き止め、記憶の回路と連絡をつけて、
 起点とその状況に対応する組み立てがされ、
 それによって脳が、体に如何なる反応をさせるのかを指令するのだと考えます。

  感じて知覚されたものが連絡し合い・組み立てられて・記憶となり・反応となり
 ・イメージとなり・抽象化され・言葉と結びついて表現されて思考へと進んでいくのですが、
 それをさせるのは、求心性の「陰」と遠心性の「陽」の力と、
 「気」の螺旋状の回転運動(内向き)の慣性だと考えます。

  老化すると「陰」も「陽」もその力を減らし、「気」の回転もゆっくりとした弱いものとなります。
 それらに重ねて、精神が張りを失い萎縮する事になると、
 思考する事ができず、言葉とその意味やイメージや記憶が連結しなくなり、
 知覚することも、感じることさえもされ難くなってくるのだと考えます。
 (これには、素質や個人差もあり、血管を拡張させる薬物の影響もあります)

  そのような状態から回復させる為には、
 「陰・陽」の、特に「陰」を補い、養い、滋させ、「気」を補って、回転の慣性が付くようにして、
 バラバラになっていたものが一緒に回りだし、それぞれが連絡し合うようにし、
 能動的集束反応が機能するようにしなければなりません。

  精神の張りについては、
 赤ちゃんにするように、目を見て笑って話しかけ、手をさすってあげる等、
 肌に触れる事が心神を安定させ、外に向かって押し出していけるようになるのだと考えます。
 遣り甲斐のある、決まった役割があるというのも、よいのではないでしょうか。